場外

para la calle

むちゃくちゃなフォームの野球、または奇跡と未来の話

グループ・事務所の呼称および関連部分の表現を一部修正しました。[2023-10-23 追記]

WEST.に「むちゃくちゃなフォーム」という曲がある。メンバーの重岡さんが作詞・作曲したという。
新しいアルバムの収録曲リストが公開された時点で曲名だけを見て「野球の話か!?」と色めき立ったものの、正直なところ、本当に野球の話が来ると思っていたわけでもなかった。ミュージック・ビデオには伊藤淳史さんが出演するという。伊藤さんの経歴をすぐに確認した。野球経験があるとは書いていない。
どうせ野球とちゃうんやろな、「フォーム」か、何やろな、ボクシングとかもフォームっていうよな。むちゃくちゃにデンプシー・ロールする伊藤さんを想像してちょっと笑った。笑っているうちにYouTubeでミュージック・ビデオが公開された。野球や。

ミュージック・ビデオはスタジオで歌うメンバーの映像と、メンバーの出演しない野球ドラマのシーンを織り交ぜて構成されている。公開後すぐ、ドラマパート、特に後半の試合映像を、シークバーの左右スライドを駆使して何十回と繰り返し見ながら考えた。

1. どこの球場で撮影されたか
2. シチュエーション(カウント、塁状況)
3. 打席結果
4. 試合の背景
5. 総括


1. どこの球場で撮影されたか

フィクションの野球シーンを見た野球ファンが真っ先に気にするのは「どこの球場で撮影されたか」だ。理由はない。わかったところで行くわけでもない。ただ知りたいのだ。世界の全ての球場は野球ファンにとっては故郷なのだ。テレビで見かけた故郷の映像、気になりますよね。食い入るように見ますよね。帰省するわけでなくても。
有識者なら映像だけでわかるのだろうけど、私はアマチュア野球は高校野球すら見ないもので、映像だけを見てどこの球場かわかるような特殊能力は持ち合わせていない。俳優さんが撮影に参加しているのだから関東近郊だろう。ただしグラウンドと伊藤さんが同時に映るカットはないため、スタンド(観客席)だけが別撮りの可能性はある。野球ドラマではスタンドが別撮りはよくある。何ならスタンドだけスタジオで撮影し、背景を合成していることもある。エキストラの数にも限りがあるからどうせ引きで撮れないし、結局グラウンドと同時に撮らないんだから別撮りでもいいじゃん、制作側がそう考える気持ちはわかる。がっかりしないわけではないけど仕方がない。
このミュージック・ビデオの場合、映像から見て取れるのは次のような特徴だ。

・ナイター設備がない
・バックスクリーンが小さい
・スコアボードはあるが多分手動式
・カウント表示はランプ式
・内野が土、外野は見えづらいが多分芝
・ベンチはテント型
・外野からの観覧はできず、内野スタンドも仮設型

綺麗だが、総じて原初的で簡素なつくりで、公営球場などではなさそうだ。いくつか当たりをつけて調べると、わりにすぐそれらしい場所が見つかった。伊藤さんが陣取るスタンドの後方の風景も地図で確認できる地形と矛盾しない。試合とスタンドを別々に撮影した可能性は依然残るものの、合成までするとも思えず、少なくとも同じ場所で撮影されたことは間違いないだろうと、何となく少しほっとした。
なおバックスクリーンというのは野球ファンでも勘違いしている人の多い設備で、スコアボードのことではない。打席から見る投手のリリースポイントが客席などと被らないようにするために投手のずっと後方に設置された、濃色で無地の「バック(背後の)スクリーン(ついたて)」であり、つまりただの壁である。投手がボールを投げる瞬間にその向こうに白いシャツを着た人が何人か動いていると、打者からはどれがボールだか見間違えやすくなりますよね、そういうのを避けるために設置する。バックスクリーンより前に客を入れてはいけない。物を置いてもいけない。
このミュージック・ビデオでいえば、ヒッティングの瞬間に映っている、外野フェンスに上乗せされた、左上にスコアボード、右側にBSOカウントランプがついた、フェンスと同色の壁のことである。

コンサート利用などを見越してスタンド全周に客席を配置している球場では、当該部分の座席の色を単色にして客を入れないことでバックスクリーンに代えている。ぜんぜん関係ないけれど絶対にかなわない私の夢はバックスクリーンからプロ野球を見ることで、そのためなら緑や青の全身タイツ着用も辞さない構えです。


2. シチュエーション(カウント、塁状況)

映像のスコアボードは限界まで拡大しても読めず、イニングは不明。表裏も不明。点差も不明。BSOカウントランプはフードが目立っていて見づらいが、視認性の高い赤色のOのランプははっきりと見え、2アウトであることが確認できる。映像の流れからすれば初球打ちなので、BとSのランプはそもそも灯っていないと思われる。
二塁に走者がいる。三塁にはいない。一塁走者の有無は不明。得点シーンで打者走者(以下、仮に「だいきくん」とする)と喜び合っている選手が2人いるので、おそらく先にホームインした二塁走者と一塁走者なのだろうけど、ネクストバッターが混ざっている可能性もあるため断定はできない。また、すべての想定は一連のシーンがワンプレーによるものと仮定した場合の話である。だいきくんが左中間にかっ飛ばして出塁し、その後のバッターのタイムリーで生還した、という映像を繋げている場合は話が変わってくる。
一塁が映っていないかと、消音し、再生速度を0.25倍にして繰り返し再生していて、あることに気がついた。塁審が一人も映っていないのだ。
少年少女野球でも審判は通常4人制で、練習試合であれば場合によっては3人や2人で行うこともあるらしい。ヒッティングの瞬間に映る三塁線が全くの無人であることを踏まえると、少なくとも4人制ではなさそうだ。しかし走者二塁なら、一塁走者の有無にかかわらず3人制でも三塁塁審が二三塁間の前方に立つ。ヒッティングのシーンで必ず映る位置にいるはずなのだ。
私は3人制までしか見たことがないので、2人制なら二三塁間には立たないのだろうかと思って調べてみると、2人制でもやはり走者が二塁にいれば塁審の定位置は二三塁間らしい。残る選択肢は

・なんと球審のみの審判1人制
・フィクションなので端折られている
・実は誰かが何かをとんでもなくトチってる

の三択である。どちらにしろ審判のポジショニングから一塁走者の有無を類推することはできなかった。


(審判3人制で走者一、二塁の場合、三塁塁審が三塁を空けてショートの前に移動する。くら寿司スタジアム堺でのオリックス・バファローズvs阪神タイガースファーム公式戦、2022年5月21日)

ともあれ、ネクストバッターが走者に混じって派手に喜ぶのは、遅延行為を気にするアマチュア野球ではあまり好ましくない行為なのではないか、と思えば、やはり喜び合っている2人がいずれも走者だった、つまり二死一、二塁だったと仮定するのが自然かなと考えた。


3. 打席結果

全てワンプレーでの結果とすれば、だいきくんは打者走者として生還したことになる。この場合、打席結果の最有力候補はもちろんランニングホームラン(打点3)だ。
過去に「水曜日のダウンタウン」で「人生で1度もホームラン打ったことないプロ野球選手などいない説」という企画が放送された際に、インタビューに応じた金子千尋さん(オリックス・バファローズ投手/当時)が「柵越えですよね?」と確認していたことがふと思い出された。柵越えしないホームラン、つまりランニングホームランは、少年少女野球ではわりとよくあるものなのだ。ただしプロでは稀で、日本のプロ野球においても当然そこそこ珍しい打撃記録であり、2022年にはシーズン一軍公式戦全858試合で2本しか記録されなかった。
打者走者が得点したとしても、それがランニングホームランであるとは必ずしも断定できない。英俗語では守備チームのエラーが絡んだ結果のランニングホームランのことを「little league homer」、リトルリーグ(少年少女硬式野球)のホームランと呼ぶが、実際にはエラーが絡んだ場合はホームランとしては記録されないからだ。なので打球処理が映っていない映像からは、それが本当にランニングホームランであったかは判断できない。とはいえ、ボールが打ち返された瞬間にセンターとレフトがほとんど真横か斜めうしろに向かって走り出しているように見えることからしても、だいきくんの打球は左中間真っ二つでフェンスに到達するような完璧な長打コースのクリーンヒットであり、ランニングホームランの可能性は充分にある。
外野は遠くてあまり見えないが、内野の動きでひとつ気がつくのは二塁走者がヒッティングの瞬間までベースについていて、リードをいっさい取っていないことで、調べて初めて知ったのだけど、リトルリーグには「離塁制限」というルールがあり、打撃時には走者はベースについていなければいけないらしい。もうひとつはサードの守備位置で、やや前に守っているように見える。無死または一死で三塁走者がいればゴロでの生還を阻止するために前目に守ることも考えられるけど、二死なら普通にひとつのアウトを取ればよく、離塁制限がある分フォースアウトもしやすいはずなので、通常は前に守る必要はなく、定位置で守ったほうがアウトは取りやすい。そもそも少し前目が少年少女野球では定位置なのかもしれないけど、だいきくんがいかにも小柄で華奢な選手であるため、強い打球を打てないバッターであると相手チームが考えて、外野に抜ける打球はないという前提で、ボテボテのゴロを内野安打にしないよう守っていることがうかがえる。
これは空想の域を出ないけど、二死であることも考慮に入れれば相手チームはだいきくんの前のバッターを歩かせ、だいきくんで3アウト目を取るという選択をした可能性もある。もしそうなら外野手も、長打はないと踏んで、また走者が二塁にいることもあって少し前に守るのが自然であり、長打コースに弾き返すことさえできればランニングホームランが成立しやすい条件下だったと言える。


4. 試合の背景

見知らぬお兄さんと猛特訓を積んで試合に臨む設定のだいきくんは別にして、出演している選手はプレーを見ても実際に少年少女野球チームに所属する選手たちだと思う。
気になる点は、相手チームのバッテリー、特にキャッチャーがだいきくんよりもかなり大柄に見えることだ。ここで調べて初めて、リトルリーグが年齢別にチームを分けていることを知った。小5夏から中1夏を「メジャー」、小3夏からメジャーまでを「マイナー」、マイナー以前は「ティーボール」などとする区分があり、ティーボール区分で行われる試合ではピッチャーは投げず、バッターは軟式球よりもさらにやわらかい専用ボールをスタンドに載せておき、ピッチャーが投げるふりをするのに合わせてスタンドのボールを打つらしい。
とすると、劇中の季節が秋とすれば、だいきくんは最近野球を始めたか、またはこの夏にティーボール区分からマイナー区分に上がり、動くボールを打つ試合に出るチャンスが初めてやってきた小学3年生という設定なのではないか。そして、特にキャッチャー役の選手は小学4年生には見えない立派な体格なので、メジャー以上の年齢区分の選手で、本来なら対戦するはずのない顔合わせなのではないか。年齢の違うチームとの対戦は危険なので実際にそういうことがあるとはちょっと考えづらいけども、何らかの理由でメジャーチームとマイナーチームとの練習試合が組まれ、結果、年上の選手と対戦することになったという設定なのか、あるいは劇中のストーリーには関係なく、ただ撮影のために動員できるチームの都合などもあったのかもしれないし、単に実際にプレーをともなう撮影をスムーズに行うために、むしろ実力の安定した年長の選手たちを招集したのかもしれない。


5. 総括

いずれにせよ年上か、少なくとも自分より大柄なサウスポーの綺麗な真っ直ぐを、ミートの瞬間まで目をつぶらずにきちんとボールを見て捉えて左中間に見事に弾き返しただいきくんのバッティングは、当初はスイングもままならなかったことを思えば驚異的な進歩だ。多分何度か撮った素材を繋いではいるだろうし、もし吹替えやCGを使用しているとしても、ごく自然な映像と見える。筋立てとしても、映像としても、奇跡と呼んでさしつかえない出来だと思う。
少し検索してみたところ、公式アナウンスがないのでなんとも言えないけど、だいきくんは子役さんであるらしく、特技が野球ということもないようだ。ナイスバッティングだいきくん、素晴らしいヒットでした。
だいきくんも好演だけれども、キャッチャーも、だいきくんが本塁を踏むのをきちんと目の端で確認したうえで、画面からぎりぎり切れない位置で、おそらく捕球のためにではなく膝から崩れ落ちるという劇的な瞬間が映っており、それを画角におさめたカメラマンのファインプレーも光る。相手チームの選手たちの見せるこういったリアルなプレーもいいし、だいきくんのヒットに沸くチームメイトたちの表情もいい。もちろん伊藤さんの実直な雰囲気が生かされたストーリーも演技も、それを贅沢に使った構成もいい。なぜか塁審が一人も映っていないという不思議を除けば、このミュージック・ビデオにはフィクションとはいえ本当に美しい野球が映像として記録されている。
ここに出演している選手たちがいずれ大人になって、プロ野球選手になって、「10年ぐらい前のことですけど、ミュージック・ビデオに出たことがあるんですよ」なんていう話を聞かせてくれる未来もあるのかもしれない。このミュージック・ビデオがそのときにもまだ公開されていたら、未来の野球ファンがこの映像をそのとき初めて見るのかもしれない。それはなかなか楽しみな未来だなと思った。


補記

曲自体については、正直にいうと何度見ても野球のシーンになると映像に気を取られてしまい歌詞が頭に入ってこなくてまだ理解できていない。ミュージック・ビデオの内容ほど野球の話ではないことだけは何となくわかった。やっぱりボクシングの話である可能性もまだ捨て切れない。怒髪天に「情熱のストレート」という曲があって、私は野球の話だと思っているけど、あれは多分実際にはボクシングの話だ。そういうことはよくある。
あとは同じアルバムに収録される、神山さん作詞・作曲という「Strike a blow」はどうや、これは野球の話ちゃうか?ストライクやろ?と期待しているけど、まあ、多分違うやろうな。



※お断りするまでもないこととは思いますが、ロケ地についてのお尋ねには応じられません。何卒悪しからずご了承ください。