場外

para la calle

ファンじゃない人

高校生のころ、同じクラブの同期3人が、あるバンドの大ファンだった。
3人はもともと仲がよかったように思う。揃って同じバンドのファンになったのは偶然なのか、そのへんの後先はわからない。3人は、クラブ活動のすきまにはずっとそのバンドの話で盛り上がっていた。

当時はインターネットが普及していなかったから、バンドの情報を得るのはそれなりに大変だったと思う。3人は手分けして音楽雑誌を買い、ラジオを聞き、遠方から通っていた1人が自宅で聞けない大阪のラジオ番組は、残る2人がMDに録音してあげていた。3人はVHSテープのライブビデオを入手して、音楽室を占拠して鑑賞会をしていることもあった。大ファンだったのは3人だけだったけど、そのバンドは当時大人気だったので、私を含め、ほかの部員や同級生もよく鑑賞会に参加した。モンスターバンドならではのゴージャスな楽曲やライブパフォーマンスは圧巻だった。密着ドキュメンタリーも見たし、新譜のリスニングパーティーもやった。シングル曲はスケールが大きくて派手めな楽曲やテンポの速い楽曲が多かったバンドのアルバムにはじっくり聞かせる感じの歌も多く収録されていて、「私この曲けっこう好きやな」などというと、3人は喜んだ。
3人は、私のオタク気質を見込んでか、ラジオ番組へのリクエストハガキを投函前に3人で見せ合いするときには、私にも声をかけ、メンバーの似顔絵が似ているかとか、何を書いたら読まれやすいかなとか、品評を求めることがあった。その流れでなんとなく3人のファントークにまざることが増えた私は、楽曲制作の裏話だとか、メンバーの趣味だとか、とくに非公開ではないけど当時はファンしか知らなかったメンバーの本名だとかの小ネタをたくさん教えてもらった。
もともと私も音楽は好きだったから、そのバンドのファンではないにしても「こっちの界隈はそうなのか」などと興味をひかれる話も多く、ただ楽しく3人の話に相槌をうち、疑問点を問い返し、感心したり笑ったりしていた。正直なことをいえば、そもそも趣味が違うのも含めて、3人と私とはすごく気の合う友達という感じでもなかったし、3人ともとても熱心なファンでたくさんのことを知っていたから、こういうのはファンだけで話したほうが楽しいんじゃないかな、こんなに話してるくせにファンにならないやつが話にまざってて、いやに思わないのかな、と思うこともあったものの、3人との話は単純に楽しかったので、結局クラブを引退するまでの2年間、10人以上いた同期で私だけが3人のファントークにちょくちょく参加しつづけたのだった。

クラブを引退するとき、3人のうちのとくに筆まめだった1人が私に手紙をくれた。手紙には、「いつもうちらの話を聞いてくれてありがとう。うちらだけで話すんじゃなくて、ファンじゃないけど楽しんで話を聞いてくれる人がいると、うちらも話しやすかった」と書いてあった。
自分の好きなものを人に話すとき、どうしてそれを魅力的だと思うのか、頭のなかで整理して、できればうまく伝えたいと思う気持ちになる、そうやって好きなものを再発見することがある。それが楽しかったのだろう、と当時は受け取った。でもいま自分に好きなものができて、3人の「話しやすい」にはなんとなくもうすこし違った意味合いがあったのかもしれないと思うようになった。
もしかしたら、3人だけで話していたら、「私のほうが好き」「私のほうが知ってる」という、当時はそんな言葉はなかったけれどいまで言うマウントを取りそうになる瞬間があったのかもしれない。そうなりそうな自分もちょっといやで、そういうときに私みたいにあくまでも「ファンじゃない人」が場にいると緩衝材になって、3人ともが「3人でこの子に教えてあげよう」というスタンスをとることができる、そうすると心安く会話できる、そういった機微があったのではないか。
真相は今となってはわからない。ただ3人の好きだったバンドの活躍を見ると、3人の笑顔をいまも思い出す。



(デビュー30周年おめでとうございます)