場外

para la calle

気温3度の屋外球場で野球観戦をするときの装備についての覚え書き

最初から気温3度だったわけではない。試合開始時には7度あった。
つば九郎がグラウンドで白い息を吐いていた。そんなバカなと、スタンドでマスクを外してそっと吐いた自分の息も白かった。

2021年の日本シリーズの対戦カードはオリックス・バファローズ東京ヤクルトスワローズと決まった。2021年は東京オリンピック開催のためにペナントレースには中断期間があり、シーズン終了時期が例年より遅かった。そのほか、雨天中止などを含めた度重なる試合延期などもあり、当初想定されていた日本シリーズ開催スケジュール自体が1週間うしろ倒しに変更されたことによって、どちらの球団も本拠地球場の予定をおさえることができなかった。そのため、ヤクルト神宮球場に代わって東京ドームを間借りし、オリックスは最初の2戦は本拠地京セラドーム大阪で行うことができたものの、残り2戦を、神戸の山あいの球場、前身球団オリックス・ブルーウェーブの本拠地であったほっともっとフィールド神戸で開催すると決定した。
例年10月中に行われる日本シリーズはひと月遅い11月20日に開幕し、最終戦となった第6戦が、11月27日土曜日、ほっともっとフィールド神戸で開催された。
試合開始は18時。前日に現地入りした記者が「予想よりも寒いと思ってほしい」「これ以上着たら動けないというぐらい着込んで来てほしい」とSNSでさかんにアナウンスし、ファンは戦々恐々とした。11月下旬の夜の神戸の山で野球を快適に見ることなど可能なのか?

◎装備1 衣類
・極暖ヒートテックTシャツ
・サーマル(ワッフル)Tシャツ
・ウール混ニット
・ボアフリースジャケット
・ズボン
ヒートテックレギンス
ヒートテック靴下
・手袋
・マフラー

私はもともと、平熱は37度だし、布団に入れば5分で風呂あがりのようにぽかぽかしてしまう。ヒートテックと名のついたアイテムはすべてこの日のためにはじめて買い込み、あまり着込むと逆に汗をかくかもしれないとは思っていたが、上記の装備で、案の定、神戸市営地下鉄の車内で汗だくになってしまった。念のためわざわざ借りてきたウルトラライトダウンコートも出番はありそうにない。17時。

ごはんは三宮で買っていった。球場売店で買ったほうが温かいのはわかっていたものの、普段から客がすくなくて球場がガラガラでおなじみのオリックス、年間数試合しか開催しない準本拠地球場、「オリックス・バファローズ」にとって球団史上はじめての日本シリーズ。収容率50%を上限に発売されたもののさすがにチケットは完売し、普段あまり球場に来ないファンもやってくることを考えれば、ただでさえ数のすくない外野スタンドの売店がまともに機能するとは思えない。三宮の高架下を駅から東に徒歩4分ほどのところにある「焼肉丼十番」でテイクアウトのカルビ丼を購入し、持参した保温バッグへ。十番は、そのさらに東に4分ほど歩いたところにあるライブハウス「MUSIC ZOO KOBE 太陽と虎」に行くときによく寄る店だが、ここ何年もライブハウスには行けていないので、ひさびさに食べてやろうと思い、ちょっと浮かれた気持ちで買いに寄った。飲み物は、淹れたあとダメ押しで煮立てたお茶を水筒に詰めて持参した。

汗がひいて冷えないように上着とマフラーを調節しながら球場に到着し、座席につき、うっすら温かさの残るカルビ丼を食べ、ひと息ついて、売り子さんからハイボールを購入。
「今日はもうぜんぜん売れません」
気温は7度。風はそれほどない。なぜハイボールを飲んでいるのか自分でもわからない。ただ球場で飲む酒が好きなのだと思う。手袋を嵌めた手でハイボールを飲む。18時。

声出し応援は禁止されており、応援歌は歌えないので、手袋を嵌めた手でぼすぼすと手拍子をする。新品の、この日のためにわざわざ買ったタッチパネル対応の手袋が見るまに毛玉だらけになる。ライトを守る杉本裕太郎が、顔の下半分が隠れる分厚いネックウォーマーをして、グローブを嵌めていない右手をズボンの後ろポケットに突っ込んでいる。入っているのはロジンバッグのはずだが、あまりに寒いので、カイロを入れて手を温めているように見える。上半身はさほど寒さを感じないものの、足が極端に冷える。19時。

◎装備2 防寒グッズ
・カイロ(背中・腹)
・ミニクッション
・アルミシート(座席・足下)

ほっともっとフィールド神戸の外野席は完全フラットの背もたれなしベンチシートで、脚の短い会議机を並べているのと変わらない。普段は気にしないが、さすがにお尻から冷えが来るだろうと思い、阪神タイガースの丸虎ペットマークの入った厚み5cmの硬いミニクッションに無地のエコバッグをかぶせて、他球団グッズじゃないですよ風に偽装して持参した。腰がガラスでできている母を観戦に誘ったときに甲子園で急遽買ったものだ。ミニクッションの下には断熱のためにアルミレジャーシートを敷いた。
スタンドはコンクリートでできている。スニーカーのゴムの靴底を貫通した冷えが足首をぎゅっと掴んでいる。ふと思いついてアルミレジャーシートをハサミでカットし、半分を足下に敷くと、足の冷たさが劇的にやわらいだ。
「豚汁完売」という情報がヒソヒソ声でスタンドを伝わっていく。試合進行があまりに遅い。5回裏が終わって、20時。

TBSのカメラクルーが座席の観客を撮りながらスタンドを上がっていく。普段のオリックス戦でカメラクルーなど見かけることがない。風がやみ、照明塔の光が滲む。8回表、まだ山本由伸が投げている。夢のように美しい球場で、最高の試合が行われている。21時。

9回裏、あと一本が出ず、1-1のまま試合はNPBでは2年ぶりの延長イニングへ。前の列の客が席を立ち、軽く会釈をしながら帰っていった。バックネット裏2階のサブビジョンのスピードガン表示が消える。人的ミスか故障かわからないが、この2年、4時間動かすことのなかった機械だしなと考える。表示はすぐに復旧。ぬるくなった水筒のお茶を生命の水のように大事にすする。22時。スピーカーから応援歌を流せなくなり、手拍子のみの応援に。風がやんでいるぶん、体感温度はそれほど低くはない。手袋をはずし、手拍子をする。銃声のようなこだまが内野スタンドから返り、静かな山あいに乾いた音が反響する。

22時33分に最寄りの総合運動公園駅を出る電車が私の終電だった。12回表、吉田凌がランナーを出した。時計を見る。終電はもう出た。気温は3度。そろそろ諦めないと大阪までも帰れなくなる。席を立つ人はいない。祈るように手を組み、固唾を飲んでグラウンドを見つめている。1席空けで販売されているために空席だった隣の座席にビニールポーチを置いていた。さわってみると結露でびしょびしょに濡れている。代打川端慎吾の打球がレフト前に落ちる。勝ち越し点がヤクルトに入る。誰も動かない。雑に片付けた荷物をわし掴みして階段を駆け上がりコンコースへ。なぜか外野スタンド出入り口が封鎖され、外野スタンドから内野スタンドへの、普段は通行できない扉が開放されている。12回裏1アウト、山足達也がデッドボールを食らってスタンドから沸き上がった呻き声のような歓声を聞きながら、駆け足でコンコースを半周回り、球場を出る。球場内にはまだたくさんの人がいるが、駅へ向かう人の姿も多い。23時。

18時5分に開始した試合はちょうど5時間で決着した。12回裏2アウト、最後のバッターとなった宗佑磨がセカンドゴロに倒れた。23時5分、名谷駅の手前、無言で一球速報を見つめていた大勢の乗客から、それぞれのテンションの小さな溜め息が漏れ、ややあって、静かな車内に、「おめでとうございます」「おめでとうございます」というひそやかな祝福の声が上がった。